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フットウェアフクヤの60年 その1千成市場

宝珠克己

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こんにちは~。花園町のフットウェアフクヤの宝珠(ほうじゅ)です。

フットウェアフクヤは、おかげさまで来年60周年を迎えます。

昭和34年(1959年)の春、私が一歳半くらいのとき、両親が花園町の交差点を少し西に行ったところにあった千成市場の入り口で5坪ほどの履物店を始めました。

当時は下駄や草履が主流で、鼻緒のすげ方が上手だと結構繁盛したそうです。

時代は高度成長期、下駄や草履はだんだん下火になり靴の時代へ。

店舗を拡張しスニーカーや革靴を扱うようになったのですが、私が25歳のとき父が大病を患い手術。二人の妹が店を切り盛りしてくれてましたが、いつまでも頼るわけにはいかず、勤めをやめて家業を引き継ぎました。

60周年でなんかネタはないかと実家を探すと古い写真が出てきました。

古い写真て懐かしくて見入ってしまい、なかなか整理できないですね。

今回は、その写真を紹介させていただきます。


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開業当初のお店。花園町の交差点を西に入ったところの(今はパチンコ屋さん)千成市場の入り口にありました。
自転車も時代ですね。私が小学校に上がる頃には、通勤や仕入れにカブを使っていた記憶があります。
私はいまだに自転車ですが、、、^^



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昭和40年前後の店内です。左から若き日の父、店員のハルちゃん、10歳年上のいとこ。
中学を出て二子山部屋に入門し幕下までいきましたが、膝の怪我で引退。東京でちゃんこ料理屋をやってました。



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昭和44年の正月
こもだるを担いで問屋さんが年始回りに。今では考えられないですが、運転手を含めてみんなベロベロだったそうです。



先代は改装好き?なのか、3年に一度くらいちょこちょこと店舗改装をやっていたように記憶しています。
私が就職を控えた大学4年のころ隣の氷屋さんが廃業されたので店舗を拡張し、ケミカルシューズやスニーカーも扱うようになりました。このころの無理がたたったのでしょうか、2年後に大病を患い、母と二人の妹で切り盛りしてくれてましたが、勤めをやめて東京から帰りお店を引き継ぐことになりました。

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引き継いだ頃のお店
靴がいっぱいでごちゃごちゃしていますね。



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こんな時もありました。^^;
この頃は傘も扱っていました。今でも修理できますよ。



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これじゃぁいかんと数年後、什器入れ替えのため店じまいの売出し。
店内のポップは筆で書いていました。



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で、改装後がこちら
少しスッキリしましたが、やっぱり靴がいっぱいですね。^^



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Posted by宝珠克己